福岡地方裁判所 昭和50年(行ウ)3号 判決 1988年10月05日
原告 竹中等 ほか一一九〇名
被告 福岡県教育委員会
代理人 安齋隆 辻井治 坂本誠 ほか四名
主文
原告らの請求をいずれも棄却する。
訴訟費用は原告らの負担とする。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 (一)、(二)を選択的に請求する。
(一) 被告が原告らに対し昭和五〇年二月五日付をもつてなした各戒告の各懲戒処分がいずれも無効であることを確認する。
(二) 被告が原告らに対し昭和五〇年二月五日付をもつてなした各戒告の各懲戒処分をいずれも取り消す。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
二 請求の趣旨に対する答弁
主文同旨
第二当事者の主張
一 請求原因
1 原告らは、後記各懲戒処分を受けた当時、被告を任命権者とする福岡県下の公立小中学校に勤務する教諭で、福岡県教職員組合(以下「福教組」という。)の組合員であつたものである。
2 被告は原告らに対し、原告らが昭和四八年四月二七日の午前半日の争議行為(以下「本件争議行為」という。)に参加したことを理由に、請求の趣旨1項記載のとおりの各懲戒処分(以下「本件各処分」という。)をなした。
3 本件各処分は、地方教育行政の組織及び運営に関する法律(以下「地教行法」という。)三八条一項に規定する市町村教育委員会(以下「市町村教委」という。)の内申をまたずになされたものである。すなわち、原告らは、本件争議行為当時、別紙原告目録の「昭和四八年度の在籍校」欄記載の各小中学校に在籍し、大牟田市教育委員会、田川市教育委員会、行橋市教育委員会、嘉穂郡碓井町教育委員会または行橋市苅田町立長峡中学校組合教育委員会(以下、これらの各市町村教委を一括して「三市一町一組合の教委」という。)に、それぞれ所属していたところ、被告は、三市一町一組合の教委が本件争議行為についての内申をしなかつたにもかかわらず、原告らに対し本件各処分をなしたものであり、これは、明白かつ重大な瑕疵として無効原因に該当するか、または、違法のものとして取消原因に該当する。
4 仮に右3の主張が認められないとしても、本件各処分は違法である。
5 よつて、原告らは、本件各処分が無効であることの確認または本件各処分の取消しを求める。
二 請求原因に対する認否
1 請求原因1、2の各事実は認める。
2 同3のうち、原告らが、その主張のとおり三市一町一組合の教委にそれぞれ所属していたこと、三市一町一組合の教委が本件争議行為についての内申書を提出しなかつたこと、それにもかかわらず、被告が原告らに対し本件各処分をなしたことは認めるが、このことが本件各処分の無効原因または取消原因に該当するとする原告らの主張は争う。
3 同4の主張は争う。
三 抗弁
1 福教組の組織及び運営
福教組は、福岡県内の公立小中学校の教職員を主たる構成員とし、その勤務条件の維持改善を図ることを目的として組織された法人格を有する単一の職員団体であり、県内各地域ごとに支部が置かれ、各支部の傘下には各学校毎に分会が置かれている。
組合の機関としては、大会、評議員会、執行委員会等が置かれている。大会は、各支部毎に選出された代議員で構成され、組合役員が企画、立案した運動方針の承認その他基本的事項の決定等を行う議決機関であり、毎年定期(五月)または臨時に開催される。執行委員会は、全組合員により選出された執行委員長、副執行委員長、書記長、書記次長、執行委員で構成され、執行委員長の統括の下に、組合運営の基本方針から具体的細目に至るまでのあらゆる事項について企画、立案の権限を有し、これを議案として大会または評議員会に提出し、その承認等を経て具体的に執行する。支部長会は、各支部管下全組合員に対して統制権を有する支部長によつて構成され、本部と支部及び支部相互間の連絡調整に当たるとともに、執行委員長の諮問に応ずる。
福教組は、全国組織としての上部団体である日本教職員組合(以下「日教組」という。)に加盟している。
2 本件争議行為
福教組は、日教組の指令、指示に基づき、昭和四八年四月二七日午前半日同年度春闘の一環として、本件争議行為を実施した。
原告らは、いずれも、本件争議行為に参加し、同日始業時刻である午前八時三〇分から午前半日就労しなかつた。
3 市町村教委の内申がなかつたことと本件各処分の適法性
三市一町一組合の教委は本件争議行為につき内申をしなかつたところ、以下に述べるとおり、本件は、内申がなくとも任命権の行使ができる場合に該当するというべきである。すなわち、
(一) 福教組は、いずれも、日教組の指令、指示に基づき、昭和四七年五月一九日始業時より一時間同年度春闘の一環として、昭和四八年四月二七日午前半日同年度春闘の一環として、同年七月一九日始業時より三〇分いわゆる人確法案・教頭法案制定反対等を理由に、それぞれ争議行為を実施した。
被告は、昭和四七年五月一九日の争議行為については、同年七月二一日に、昭和四八年四月二七日及び七月一九日の各争議行為については、同年七月二八日に、それぞれ県下各市町村教委に対し、懲戒処分の内申を依頼した。これに対し、原告らの所属する三市一町一組合の教委を除く各市町村教委はすべて内申書を提出したので、被告は、これを受けて昭和四八年八月二八日に右各争議行為に参加した教職員に対し懲戒処分を発令した。
しかし、三市一町一組合の教委は、右三回の争議行為について、原告らの本件争議行為参加の事実についての報告書は提出したが、被告が、長期にわたる多数回の指導、説得を行つた上、最終的に昭和五〇年一月二八日「同月三一日までに内申がされない場合は懲戒処分の発令を行わざるを得ない。」旨の通知を発し、さらに、右期限経過後も説得を続けたにもかかわらず、懲戒処分についての内申書を提出しなかつた。(このうち、大牟田市教育委員会は、昭和四八年一月三〇日、前年の五月一九日の争議行為の内申書は提出した。)。
(二) 三市一町一組合の教委が内申書を提出しなかつたのは、福教組が、その運動方針の一として、争議行為の処分内申阻止を掲げ、具体的戦術として、全員動員を背景にした徹宵を含む市町村単位の団交、地教委の自宅訪問、地区労あるいは自治労との共闘等、多様な取組を強力に組織することを決定し、これを実行したことによるもので、三市一町一組合の教委は、基本的に内申の意思を有しながら、福教組の内申阻止闘争による違法不当な圧力に屈し、報復を恐れて内申書提出に至らなかつたものである。
(三) ところで、地教行法は、市町村立学校職員給与負担法一条及び二条に規定する職員(以下「県費負担教職員」という。)の任命権を都道府県に置かれる教育委員会(以下「都道府県教委」という。)に属せしめながら(三七条一項)、三八条一項において、都道府県教委は、市町村教委の内申をまつて県費負担教職員の任免その他の進退を行うものとしているが、これは、都道府県教委の一般的指示権(四三条四項)及び連絡調整権(四八条、五一条)を前提とするものであるから、同法は、かかる教職員の人事行政について最終責任を負う都道府県教委をして、服務上の監督権者として右人事行政について責任の一部を分担する市町村教委との協働により、都道府県単位における人事行政に関する統一的処理を行わしめるよう意図したものであつて、市町村教委の内申を任命権行使の絶対要件とし、しかもあらゆる場合において内申するか否かにつき市町村教委の自由裁量を認めたものとは解されない。したがつて、このような人事行政に関する都道府県単位における統一的処理を要する事項について、都道府県教委から一般的指示権の行使により内申を求められた市町村教委は、内申をする義務があるというべきである。
本件三市一町一組合の教委は、被告の最大限の努力にもかかわらず、福教組の圧力に屈して、右義務を怠つたものであるから、本件は、内申がなくとも任命権の行使をすることができる場合に該当する。
4 処分の根拠法条
本件争議行為に参加して就労しなかつた原告らの行為は、地公法三七条一項に違反し、同法二九条一項一号ないし三号の各懲戒事由に該当する。
よつて、被告が原告らに対してなした本件各処分は正当である。
三 抗弁に対する認否
1 抗弁1、2の各事実は認める。
2 同3につき、
(一) (一)のうち、福教組が、いずれも、日教組の指令、指示に基づき、昭和四七年五月一九日始業時より一時間同年度春闘の一環として、昭和四八年四月二七日午前半日同年度春闘の一環として、同年七月一九日始業時より三〇分いわゆる人確法案・教頭法案制定反対等を理由に、それぞれ争議行為を実施したこと、被告が、昭和四七年五月一九日の争議行為については、同年七月二一日に、昭和四八年四月二七日及び七月一九日の各争議行為については、同年七月二八日に、それぞれ県下各市町村教委に対し、懲戒処分の内申を依頼したこと、原告らの所属する三市一町一組合の教委を除く各市町村教委は、すべてこれに応じて内申書を提出し、これを受けて被告が、昭和四八年八月二八日に右各争議行為に参加した職員に対し懲戒処分を発令したこと、三市一町一組合の教委は、右三回の争議行為について、原告らの本件争議行為参加の事実についての報告書は提出したが、懲戒処分についての内申書を提出しなかつた(このうち、大牟田市教育委員会は、昭和四八年一月三〇日、前年の五月一九日の争議行為の内申書は提出した。)ことは認めるが、その余の事実は不知。
(二) (二)の事実は否認する。
三市一町一組合の教委は、全国的に類を見ない大量過酷な被告の処分政策、とりわけ、原告らのような一般組合員の単純参加者についてまで累犯加重といつた処分をすることは、相当でないとする見地に立ち、かつ、内申に際し、どのような意見を付しても被告に無視をされるという実情を考慮して、被告の処分を欲しないという意思の表示として、自主的に内申をしなかつたものである。
(三) (三)の主張は争う。
地教行法三八条一項によれば、都道府県教委が任命権を行使するに当たつては市町村教委の内申が必要であり、その内申なしに処分を行うことができないことは明らかであつて、かつ、その内申権には、処分を望まない場合には内申を行わない権限も含むと解するのが、自然かつ論理的である。したがつて、内申なくして任命権行使ができるような例外的場合はあり得ない。被告は、人事行政に関する都道府県単位における統一的処理の必要を強調し、この場合には市町村教委に内申すべき義務がある旨主張するけれども、このような解釈は、県費負担教職員について、その身分が市町村に属するがゆえにその服務上の監督権者を市町村教委とし、任命権者である都道府県教委にはその職務上の監督権限はないことを明らかにした同法四三条一項の趣旨に反するものであつて、採用することはできない。
3 同4は争う。
五 原告らの主張
1 (地公法三七条一項の法令違憲)
本件各懲戒処分の根拠とされている地公法三七条一項は、勤労者に対し労働基本権を保障した憲法二八条に違反し、また、ILO八七号条約に抵触するものとして、憲法九八条二項に違反し、無効である。
2 (地公法三七条一項の適用違憲)
仮に地公法三七条一項が合憲であるとしても、本件各争議行為に地公法三七条一項を適用するのは、憲法二八条に違反する。
すなわち、教育の目的は、知識や技能の習得自体にあるのではなく、多様な方法による継続的な学習を通じて人格の完成をめざすことにあるから、教職員の職務も、必然的に柔軟性、弾力性のあるものとなるのであつて、このような教育の過程の一時点のみを取り出して、そこでの成果、あるいはその裏返しとしての弊害を強調することは、教育の評価としては適切でないし、一定期間に一定内容を過不足なく消化しなければ、教育の目的が達成されないということもない。このような教育ないし教職員の職務の特質に照らして考えるならば、争議行為による授業の中断は、教職員による教育計画の事前の調整によつてその影響を最小限に止めることができるし、その後の教育活動の中で十分に回復することができることは、容易に理解されるところであり、本来、教職員の争議行為によつて教育に悪影響を及ぼすことはないということができる。しかも、本件争議行為の目的である教職員の勤務条件の改善は、教育条件の改善につながるものであつて、むしろ、子供の教育を受ける権利を実質的に保障するものということができ、その規模、態様に照らしても、本件争議行為による悪影響は全くといつていい程ない。
次に、公務員の労働基本権の制限及び禁止に対する代償措置とされる人事院勧告(地方公務員の給与に関する人事委員会の勧告も、これに準じてなされる。)制度についてであるが、これは、そもそも、労働者側の意見が反映される制度上の保障がないばかりか、運用上も、官民較差を低く抑えるための種々の人為的操作を加えた数値が基礎とされるなど、それ自体甚だ不十分なものといわなければならない。ところが、政府は、このような人事院勧告に対してすら、その実施時期が明記されるようになつた昭和三五年から昭和四四年までは、その実施時期を遅らせ、昭和四五年以後ようやく完全に実施するに至つたものであつて、かつ、勧告の上で、五月一日実施が民間なみの四月一日実施に繰り上げられたのは、本件四・二七スト体制確立のもとで、組合側が政府・国会に事前交渉をして初めて実現したことであつた。したがつて、本件争議行為当時、人事院勧告制度が代償措置としての機能を果たしていなかつたことは明らかである。
以上のとおり、本件争議行為は、教職員の職務の本質上、教育的活動、国民全体の共同利益に悪影響を及ぼすものではなく、しかも、人事院勧告制度が代償措置としての機能を果たしていない状況の下で、著しい物価上昇による実質賃金低下の事態を打開すべく、二万円以上の大幅引き上げ等を要求して、かつ、相当と認められる範囲内で行なわれたものであるから、本件争議行為に地公法三七条一項を適用するのは、憲法二八条に違反するものといわなければならない。
3 (懲戒権の濫用)
本件争議行為は、当時の著しい物価上昇の中で、二万円以上の大幅賃金引き上げ、五段階賃金阻止、処分阻止、スト権奪還を要求してなされた正当かつ切実なものであること、福教組組合員についてのみ、他県に比しても過酷な単純参加者を含めた「全員処分」がなされたこと、本件各処分に伴う昇給延伸は極めて過酷な経済的損失をもたらすもので、原告らの不利益は甚大であること、本件各処分は、市町村教委の内申のないまま行われたものであること等に照らすと、本件各処分は、社会観念上妥当性を欠き、裁量権の必要な限度を超えるものであり、懲戒権を濫用した違法があるというべきである。
六 原告らの主張に対する被告の認否
いずれも争う。
第三証拠 <略>
理由
一 請求原因1(原告らの地位)及び2(本件各処分)の各事実は当事者間に争いがない。
二 そこで、抗弁について判断するに、まず、抗弁1(福教組の組織及び運営)及び2(本件争議行為及び原告らの不就労)の各事実は、当事者間に争いがない。
三 抗弁3(内申がなかつたことと本件各処分の適法性)について
地教行法三八条一項は、都道府県教委は市町村教委の内申をまつて、その任免その他の進退を行う旨規定しているところ、原告らの所属する三市一町一組合の教委が、本件争議行為につき内申をしなかつたことは、被告の自認するところであるので、以下、本件は内申がなくとも任命権の行使ができる場合に該当するとする被告の主張について判断する。
1 地教行法三七条一項、三八条一項、四三条一項の趣旨に徴すると、都道府県教委が県費負担教職員に対し、その非違行為を理由に懲戒処分をするためには、当該教職員に関する市町村教委の処分内申が必要であり、その内申なしに処分を行うことは許されないのが原則であるが、市町村教委が右内申をしないことが、服務監督権者としてとるべき措置を怠るものであり、人事管理上著しく適正を欠くと認められる例外的場合には、都道府県教委は、右内申なしに、懲戒処分をなすことができるものと解するのが相当である(最高裁判所第一小法廷昭和六一年三月一三日判決・民集四〇巻二号二五八頁参照)。
2 そこで、本件三市一町一組合の教委が内申をしなかつたことにつき、右の例外的事情が認められるかについて判断する。
(一) 福教組の処分内申阻止闘争
<証拠略>を総合すると、次のような事実が認められる。
(1) 福教組は、昭和三三年五月七日のいわゆる勤評反対一斉休暇闘争以来、数多くの争議行為を行い、懲戒処分を受けた多数の組合員を抱えてきたところ、その処分対策の有力な手段の一つとして、昭和四三年一〇月八日に実施した争議行為のころから、校長、市町村教委に対して報告や処分内申をさせない要求闘争を行い、報告をした校長に対しては、「無言闘争」等を、また、内申をした市町村教委に対しては、「内申の無効宣言要求」等を行い、内申の年内提出を延期させる等の一定の成功をみてきた。
(2) その間、福教組と決定的対立関係に立つことを望まない市町村教委は、教師による違法な争議行為は看過し得ないとする被告による処分内申要請との間の板狭みとなり、県下の相当数の市町村教委で動揺と混乱が続き、処分内申をした一部の市町村教委にあつては、組合側の激しい抗議行動に遭つて、委員が辞表を提出したり、被告に対し処分内申が無効であることを申し入れる等の異常な事態を招いていた。
<証拠略>中、右認定に反する部分はにわかに採用し難く、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。
(二) 三市一町一組合の教委に対する被告の説得等
福教組が、いずれも、日教組の指令、指示に基づき、昭和四七年五月一九日始業時より一時間同年度春闘の一環として、昭和四八年四月二七日午前半日同年度春闘の一環として、同年七月一九日始業時より三〇分いわゆる人確法案・教頭法案制定反対等を理由に、それぞれ争議行為を実施したこと、被告が、昭和四七年五月一九日の争議行為については、同年七月二一日に、昭和四八年四月二七日及び七月一九日の各争議行為については、同年七月二八日に、それぞれ県下各市町村教委に対し、懲戒処分の内申を依頼したこと、原告らの所属する三市一町一組合の教委を除く各市町村教委は、すべてこれに応じて内申書を提出し、これを受けて被告が、昭和四八年八月二八日に右各争議行為に参加した職員に対し懲戒処分を発令したこと、しかし、三市一町一組合の教委は、右三回の争議行為について、原告らの本件争議行為参加の事実についての報告書は提出したが、懲戒処分についての内申書を提出しなかつた(このうち、大牟田市教育委員会は、昭和四八年一月三〇日、前年の五月一九日の争議行為の内申書は提出した。)ことは、当事者間に争いがなく、<証拠略>を総合すると、被告は、三市一町一組合の教委に対し、あらかじめ県下各市町村教委の教育長と協議した結果を踏まえて決定した統一的な処分の方針、基準を内程して、争議行為に参加した組合員及びこれを指導した組合幹部に関し、文書により処分内申の指示をした上、その後約一年六か月間の長期にわたつて、口頭及び文書で度重なる督促をし、最終的に昭和五〇年一月二八日「同月三一日までに内申がされない場合は懲戒処分の発令を行わざるを得ない。」旨の通知を発し、更に、右期限経過後も説得を続けた上、同年二月五日、内申のないまま本件各処分をするに至つたことが認められ、右認定に反する証拠はない。
(三) 三市一町一組合の教委の対応等
しかして、<証拠略>を総合すると、これに対する三市一町一組合の教委の対応等として、次の事実を認めることができる。
(1) 大牟田市は、昭和四八年三月三日、市職員の団体である市職労等との間で、市の財政赤字解消対策として高齢者退職協定を締結したが、右協定中には、満六〇歳以上の高齢者の退職を職員団体が承認する見返りとして、退職条件の優遇措置のほか、市が労働基本権回復に向けて努力する旨の一項が置かれていた。また、同市教育長は、福教組大牟田支部との交渉の中で、同支部に対し、右協定中の右条項の趣旨の延長上にあるものとして、同年四月二三日「労働基本権回復に向けて努力する。」旨、更に同月二六日「組合の要求の正当性を認め、前向きに対処する。職務命令は出しません。」旨、それぞれ文書で約していた。大牟田市教委は、委員全員が教職員の争議行為は違法であるという認識を有していたが、かねてより教職員に対する処分は慎重に行うべきであるとの意向を示していた。そして、内申の督促を重ねる被告に対し、市長部局が懸念していた退職協定破棄の事態を招き、市全体を混乱に巻き込む可能性があること、市教育長による右各文書提出の経緯もあり、組合との信頼関係を破ることになること、激しい抗議行動、教育現場の混乱を招くおそれがあること等の諸事情を説明しつつ推移し、最終的に、市職労から、内申書を提出すれば退職協定の破棄とみなす旨通告されたことを機に、処分内申をしない旨決定した。
(2) 行橋市教委は、委員全員が教職員の争議行為は違法であるという認識を有し、内申をすることで意見が一致していたが、かねてより被告の処分方針に必ずしも同調していなかつた。そして、内申の督促を重ねる被告に対し、行橋市は福教組の処分内申阻止闘争の拠点となつていること、同市教委においては組合との事前協議の慣行があり、これを無視し得ないところ、組合が協議に応じないこと、これには、過去の争議行為の処分内申の際、同市教委が一般参加者の処分減軽を申し入れたのに被告が応じなかつたことも一因となつていること等の諸事情を説明しつつ推移し、最終的に、処分内申をしない旨決定した。
(3) 行橋市苅田町立長峡中学校組合教委は、内申の督促を重ねる被告に対し、従前から行橋市教委に同調する方針をとつており、行橋市教委との間に摩擦を生ずることを避けたい旨説明して来たが、昭和五〇年一月二九日に至つて一旦内申の議決をした。しかし、当時の同組合教委教育長職務代行が、右議決は組合との事前協議を経ておらず、また、提案が書面でなされていないことを理由に無効であるとした上、辞退届を提出したこと、その日の夜、各委員の自宅に組合員が来て抗議をし、その後も組合の抗議行動が予想されたことから、同月三一日被告に対し「諸般の事情から内申書の提出は困難となつた。責任を痛感する。」旨の文書を提出し、結局、処分内申をしなかつた。
(4) 田川市教委は、委員全員が教職員の争議行為は違法であるという認識を有していたが、かねてより被告の処分方針に対し批判的な態度を示していた。ただ、本件各処分に関しては、単純参加者に対しいわゆる累犯過重の方法をとらず軽い処分に止めるという被告の意向も察知されたことから、処分内申の議決をした上、内申書も作成したが、直ちに内申をすると、このことが未だ内申書を提出していない市町村教委に対する説得の材料とされ、複雑な立場に置かれること、生活保護家庭問題、非行生徒の指導問題、同和教育関係等の困難な課題を抱える教職員の立場を無視することはできないこと、組合の反発、教育現場の混乱を招くおそれがあることを考慮して、県下全市町村教委が内申書を提出するまでその提出を保留することを条件に、教育庁田川出張所長に封印した内申書を預けるという変則的措置をとつた。そして、その後被告が内申の督促を重ねたにもかかわらず、右の方針を維持したので、結局、被告としても、処分内申があつたものと取り扱うことはできなかつた。
(5) 碓井町教委は、委員全員が教職員の争議行為は違法であるという認識を有し、内申書提出の方向で努力する旨明言していたが、かねてより被告の処分方針に対し批判的な態度を示していた。そして、内申の督促を重ねる被告に対し、教職員意外の町職員については従前処分をしていないので、教職員のみ処分するのは均衡を失すること、内申書を提出するには福教組嘉穂山田支部または碓井町分会と話し合う必要があること、三分の二が革新勢力である町議会との関係で教育委員総辞職の覚悟がなければ内申の議決ができないこと、昭和四四年一一月一三日の争議行為について内申書を提出した嘉穂郡筑穂町教委に対し福教組が町内の全組合員を動員して激しい集団つるし上げを行つたため、一二月九日午前半日の授業ができなくなつたことがあること等の諸事情を説明しつつ推移し、結局、処分内申をしなかつた。
以上のとおり認められる。<証拠略>中右認定に反する部分はにわかに採用し難く、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。
(四) 右(一)ないし(三)の認定事実に基づいて考えるに、まず、三市一町一組合の教委のうち田川市教委を除くその余の市町村教委が、従来の被告の処分姿勢から推して、被告が本件争議行為につき原告らのような単純参加者を含めた大量処分をするのであろうことを予想し、その処分方針に対し、その程度に差こそあれ、批判的意見を有していたことは、これを認めることができる。また、田川市教委は、本件争議行為について単純参加者に軽い処分をすることはやむを得ないと考えていたものと推認されないではないが、少なくとも被告の右処分方針に全く同調していたわけではないものと認められるところである。しかし、右各市町村教委が、当初から内申をしないことを明言し、被告の説得に全く応じないという態度をとろうとはせず、むしろ、内申をすることが困難な種々の事情を被告に説明しつつ、長期間にわたつて結論を出せないまま推移したことに照らすと、右の批判的意見は一般的な批判に止まるものであり、右各市町村教委が、基本的には、本件争議行為は違法なものであり内申すべきであるという意思を有していたことは明らかといわなければならない。そして、福教組による一連の処分内申阻止闘争が極めて激しいものであり、県下の市町村教委及び教育現場に大きな混乱と動揺を来していたこと、三市一町一組合の教委が、本件争議行為につき内申をすることができない理由として被告に説明して来た諸事情は、まさに、内申することによつて予想されるこうした混乱と動揺を踏まえたものであつたことに照らすと、右各市町村教委は、組合の反発や抗議行動、これに伴う教育現場の混乱等を極力回避したいという考えから、被告の処分の選択・量定に対する一般的批判もあいまつて、最終的に、処分内申に踏み切れなかつたものと推認される。
してみれば、県単位における統一的な処理が必要となることが明白な本件争議行為に対する懲戒処分の内申に関する、このような三市一町一組合の教委の対応は、服務監督者としてとるべき措置を怠り、人事管理上著しく適正を欠くものといわざるを得ず、本件においては、前記1で説示した例外的事情があるものと認めるのが相当である。
3 したがつて、任命権者たる被告は、三市一町一組合の教委の内申がなくとも、原告らに対し懲戒処分を行うことが許されるものと解される。
四 抗弁4(処分の根拠法条)について
本件争議行為に参加して就労しなかつた原告らの行為が、地公法三七条一項に違反し、同法二九条一項一号ないし三号の各懲戒事由に該当することは明らかである。
五 原告らの主張に対する判断
1 地公法三七条一項の法令違憲の主張について
地公法三七条一項が憲法二八条に違反しないことは、いわゆる岩教組事件についての最高裁判所大法廷判決(昭和五一年五月二一日判決・刑集三〇巻五号一一七八頁)が判示したところであり、当裁判所も右判断を相当と思料する。
すなわち、いわゆる全農林事件についての最高裁判所大法廷判決(昭和四八年四月二五日判決・刑集二七巻四号五四七頁)、右岩教組事件判決及びいわゆる名古屋中郵事件についての最高裁判所大法廷判決(昭和五二年五月四日判決・刑集三一巻三号一八二頁)が判示したとおり、公務員も憲法二八条所定の勤労者にあたるが、その労働基本権は、憲法の基本原則である議会制民主主義に由来する財政民主主義、勤務条件法定主義による制約を免れないところ、公務員は、社会的、経済的関係において特殊な地位にあり、かつ、その職務は公共性を有するものであるから、争議権が保障された一般の私企業の勤労者と同列に論じることはできないこと、さらに、公務員は、労働基本権の制限に伴う代償として、憲法二八条に内在する生存権擁護の理念に基づく制度上整備された関連措置による保障を受けていることに照らすと、地公法三七条一項による争議行為の禁止は、憲法二八条に違反しないものと解される。
また、原告らは、地公法三七条一項がILO八七号条約に抵触するものとして、憲法九八条二項に違反する旨主張するが、同条約は労働者の争議権に関するものではないから、この点に関する原告らの主張も採用することができない。
2 地公法三七条一項の適用違憲の主張について
原告らは、教職員の職務の特質上、争議行為による授業の中断は、その後の教育活動の中で十分に回復することができ、本件争議行為による悪影響は全くといつていい程ないこと、本件争議当時、公務員の労働基本権の制限及び禁止に対する代償措置とされる人事院勧告(地方公務員の給与に関する人事委員会の勧告も、これに準じてなされる。)制度が代償措置としての機能を果たしていなかつたことを根拠に、本件争議行為に地公法三七条一項を適用するのは、憲法二八条に違反する旨主張する。
しかしながら、まず、教育は、その遅れを年間の授業計画の中で回復することも可能と思われる知識等の教示自体を目的とするものではなく、原告らも主張するとおり、継続的な授業を通じて人格の完成をめざすものであるから、むしろ、児童、生徒の発達過程に即応して円滑かつ正常に運営されることが基本的に要請されるところといわなければならない。教職員の争議行為は、このような要請を損なうのみならず、それが法律の明文で禁止されているだけに、その違憲性に関する見解の相違があるにせよ、規範意識や教職員に対する信頼の念も含めて、児童、生徒に精神的、情緒的な不安と動揺を来たし、さらに、自習、登下校時間の調節や保安上の対策を余儀なくさせるものであつて、その影響は、到底無視することができず、これを過少に評価すべきであるとする原告らの議論には与し難い。
次に、公務員の労働基本権に対する制限の代償として設けられた諸制度は、憲法二八条に内在する生存権擁護の理念に基づくものであるところ、原告らが指摘する人事院勧告制度は、勧告に明記された実施時期を政府が遅らせるという運用状況にあつたものの、本件争議行為がなされた昭和四八年の三年前である昭和四五年以後は、完全に実施されていたものであつて、当時、右制度が代償措置としての機能を欠き、憲法二八条に内在する生存権擁護の理念が損なわれるような事態に立ち至つていたとは、認め難い。
したがつて、原告らの主張は前提を欠き、採用することができない。
3 懲戒権の濫用の主張について
地方公務員に懲戒事由がある場合に、懲戒権者が当該公務員を懲戒処分に付すべきかどうか、また、懲戒処分をするときにいかなる懲戒処分を選択すべきかを決するについては公正でなければならない(地公法二七条)ことはもちろんであるが、懲戒権者は懲戒事由に該当すると認められる行為の原因、動機、性質、態様、結果、影響等のほか、その他諸般の事情を考慮して、懲戒処分に付すべきかどうか、また、懲戒処分をする場合にいかなる処分を選択すべきかを決定できるのであつて、それらは懲戒権者の裁量に任されているものと解される。したがつて、右の裁量は恣意にわたることをえないことは当然であるが、懲戒権者が右の裁量権の行使としてした懲戒処分は、それが社会観念上著しく妥当を欠いて裁量権を付与した目的を逸脱し、これを濫用したと認められる場合でない限り、その裁量権の範囲内にあるものとして違法とならないものというべきである(最高裁判所昭和五二年一二月二〇日第三小法廷判決・民集三一巻七号一一〇一頁参照)。
これを本件についてみるに、原告らは本件争議行為に参加して就労しなかつたものであるところ、本件争議行為は午前半日に及ぶものであつて、その影響を無視することはできないから、原告ら主張の諸事情を考慮に入れても、原告らに対する本件各処分が社会観念上著しく妥当を欠くものとはいい難く、本件各処分が懲戒権者に任された裁量権の範囲を超え、これを濫用したものと判断することはできない。
したがつて、原告らの右主張も採用することができない。
六 結論
よつて、被告のなした本件各処分は有効かつ適法のものというべく、右各処分の無効確認または取消しを求める原告らの本訴各請求はいずれも理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民訴法八九条、九三条一項本文を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 藤浦照生 倉吉敬 鹿野伸二)